JASSみんの小箱

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鳥越城へ

今日は高校の時の友人K君と石川県白山市の国指定史跡、鳥越城へ。

午後、鳥越城にてK君と待ち合わせ。
慣れない山道を登り駐車場に到着。
雲行きが怪しいというのに、車が3台ほどとまっていてびっくり。
K君もすでに到着していて、久しぶりの再会の挨拶も早々に、縄張り図を渡されK君の友人Oさんと3人で早速散策へ。
天気が不安なので、カッパを装備して挑みます。

鳥越城は手取川と大日川に挟まれた丘陵上に位置する山城。
加賀の一向一揆の軍事拠点として、鈴木出羽守によって築造されました。
織田信長の一向宗平定の命を受けた柴田勝家によって落城しますが、一向衆最後の拠点となったお城でした。

本丸は石垣と門が復元されています。
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また、発掘調査で検出された掘立柱建物跡なども柱穴の位置が分かるよう、整備されていました。
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鳥越城は、自然の丘陵の形をうまく利用して造られていて、「曲輪」と呼ばれる平坦面の側面の「切岸」が高くて急です。
縄張り図では少し分かりにくかったのですが、実際の切岸を見ると、その険しさに「絶対登れない…」と思いました。
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本丸からは四方が見渡せ、敵の接近をいち早く発見することを重視していたことが分かります。
K君曰く「いかに早く敵を発見し、いかに敵の侵攻を妨げるか、が城の造りとして重要」
さらにK君解説のもと、「横堀」、「縦掘」「土橋」などなどを見て回ります。

もっとも重要な本丸を守るため、その周りには2重3重に曲輪が配してあります。
さらにその曲輪は横堀に囲まれ、道はわざと迂回させるようにくねくねと曲がります。
尾根伝いに攻められないように尾根を断つ縦掘が掘られ、重要な部分には櫓が設置されていたようです。

縄張り図と見比べながら、K君の解説付きでの散策だったので、鳥越城の造りを初心者の私もちょっとは理解できたかも。

途中、雨が本降りになり、散策は終了。
あずま屋?で避難していると、ドドーンッと大きな雷の音がっ
危ない危ない。急いで下山です。

駆け足?での散策でしたが、楽しかったです。
そして山城には縄張り図と城に詳しい友人が必要だな、と思いました。

そういえば、我家の家系は鈴木出羽守の傍系に当たるのだとか。
お妾さんの子孫で、伝承によると、そのお妾さんは鳥越城落城の際に、本丸にあった井戸に身を投げたのだとか…
祖母が柴田勝家を良く言わないのにはそんな理由があったり。

K君、Oさん、お付き合いいただき、ありがとうございました。
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by JASSmin-hako | 2011-04-30 22:55 | 考古学のお話

河田山古墳群

今日は河田山古墳史跡資料館へ。

超方向音痴のため、たどりつけるか若干の不安を感じつつ、いざ、資料館へ。
360号線を山に向かって走って、加賀産業道路へ入って…Googleの航空写真で見た目印を頼りに、何とか到着。
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資料館は入館無料。

館内に入ると、33号墳の石室が迎えてくれます。
33号墳は7世紀中ごろに築造された終末期古墳。そして、注目ポイントは石室。
地元、梯川流域でとれる凝灰岩製の切石積みの横穴式石室です。
石室に至るまでの羨道の壁は自然石が積まれていて、石室が切石で積まれていました。
石室の天井部分は残存していなかったものの、壁面のつ積み方から考えて、大きな天井石を置く作りではなく、切石をアーチ状に積むことによって、天井をドーム状に作っていたと考えられています。
この石室の作りは、朝鮮半島の王墓に見られる造りで、渡来人との関係をうかがわせるものです。

この33号墳のほかに、河田古墳群からは約60基の古墳が発見され、それらの古墳から出土した遺物も、多く展示してありました。
土師器や須惠器、管玉、勾玉、直刀や鍬先などの鉄製品、鋲留の短甲などなど…
パネルでは古墳時代とはどういった時代で、その中で、河田古墳群がどのような位置づけになるのか、解説してあり、はじめて来館した人にも比較的分かりやすい展示だと感じました。

資料館の外には切り取られ、保存復元された12号墳が。
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12号墳の石室も33号墳と同様、切石積みの横穴式石室です。

河田古墳群が立地しているのは、丘陵地で、見晴らしもなかなかです。
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天気は良かったのですが、残念ながら、白山連峰は雲の帽子をかぶってしまっていました。

12号墳を見学後、隣の1号墳へ。こちらは前方後円墳。
ですが、木々と草で墳形がよくわからず、後円部に立って、前方部をなんとか確認できた程度でした。


私用があったため、ゆっくりと見学することが出来なかったのですが、また改めて来たいと思いました。
でも難点は資料館への道で目印が少ないこと。
はじめての方は行きづらいかも?



そして…不謹慎ですが、1号墳に生えていた、タラの芽が美味しそうでした…
ちょっと育ちすぎでしたが
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by JASSmin-hako | 2011-04-29 22:34 | 小松のお話

祖父の血

今日はお休み。
ということで、祖母と父と一緒に昔祖母が祖父と暮らしていた家にお片付けに行くことに。
人の手に渡ることが決まったので、祖母の私物や思い出の品を回収に。


祖父は私が小学校2年生の時に亡くなりました。
祖父はいろいろと研究熱心な人で、よく散歩に出かけて、河原や道端から石をたくさん拾って帰ってきては、何やらメモに書きつけていました。
それを模造紙などにまとめて…
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こんな感じに。
壁から天井までびっしり。

小さい頃はとりあえず、祖父は昔の人や恐竜のことを調べている、と思っていました。
今日改めて祖父の集めた石や書き遺したものを見ると、かなり突拍子のないもので、少なからず考古学を学んだものとしては、素直に評価できるものではありませんでした。
そして、どうも祖父は、石を見ると、すぐに恐竜の卵の化石だと思う節があったようです。
卵化石と書かれた石がたくさん…
恐竜となると、私は畑違いですが。

でも、祖父は河原や道端の石から古代に思いをはせ、自分の生まれ育った地を愛していたんだな、と思いました。



しかし、こうして祖父遺したコレクションを見ていると、思わずにはいられませんでした。




『私はかなり、色濃くこの人の血を引いている』、と。




そして中にはこんなコレクションも
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じいちゃん!その緑のツルツルの石、どこで拾って来たのー!


小さい頃は理解できなかった話も、今なら…
祖父とゆっくりいろいろな話がしたいな、と思いました。


それにしても私…血、受け継ぎすぎ…
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by JASSmin-hako | 2011-04-27 23:35 | 日記

練習…

今日は組みひもの練習。
家にあった紙テープと麻ひもで挑戦。
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左は私が組める?最高難易度の組みひも。右は新しく覚えた組み方のもの。
左はこの長さを組むまでに、あーでもない、こーでもない、試行錯誤を繰り返し、やっとこの長さに…覚えが悪くて大変です。

紙テープは太さを揃えるために割いて使ったら、強度が落ちて、組んでいるうちに途中でちぎれてしまいました。
麻ひもも同様。
毛糸でもやってみましたが、繊維が絡まって編みにくいのと、やっぱり強度が低くて、強く引っ張ると、ちぎれてしまいました。

やっぱりある程度の強度があって、毛あしの長くない糸が、組みひもには適しているようですね。

小松市埋蔵文化財センターでは、組みやすい糸が12色用意してあります。
一人2本まで無料で体験出来ます。
センター詳細はこちら→http://www.city.komatsu.lg.jp/maizoubunkazaichousa/
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by JASSmin-hako | 2011-04-24 23:58 | 日記

新じゃがを食べよう

更新が滞ってしまいましたが、元気です。

今日は今が旬の新じゃがで煮物を作ってみました。

煮汁を飴状になるまで焦がさないように煮詰めて出来上がり。
新じゃがの甘辛煮です。
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もうちょっと煮詰めて、ちょっと冷めたらリンゴ飴みたいな感じになるように作りたかったのですが、今回はみたらし団子のタレ状態に…
次回はもうちょっと頑張って煮詰めます。

旬のものを食べるのは、体にいい、というのが私の自論。
それに美味しいし071.gif
残りは明日のお弁当に。
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by JASSmin-hako | 2011-04-22 23:26 | 日記

組んでみました

組紐と言えば、現在は帯留などで使われているイメージですね。
組紐は考古遺物としても見られます。
鳥取県長瀬高浜遺跡1号墳出土の鉄剣に巻かれていたものや、奈良県藤ノ木古墳出土の挂甲の小札を綴っていたものなどなど…
また、正倉院の宝物にも多数見られます。
古代の組紐の組み方は、現在と同じように組台を用いて作られていたと考えられてきました。
でも、組台を用いずに糸をループにして紐を組んでいく技法で作られていたようだ、ということが正倉院の宝物の分析などから分かってきました。
で、そのループ操作法で組んだ組紐が、これ。
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組紐の組み方にはその人の人間性が出てくるのだとか…
大雑把だとか、几帳面だとか。
一度の指導でどれだけ理解して手際よく組めるか、応用出来るか…

ということで、この組紐には私の大雑把さがにじみ出てしまっていますね。
ところどころ組み間違いが…
細かいところは見ないでください。

皆様もご家族、お友達と古代の手法で組みひも体験をしてみてください。
今まで知らなかった家族、友人の一面が垣間見えるかも!?
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by JASSmin-hako | 2011-04-18 23:24 | 考古学のお話

今日から!

今日から、決意を新たに頑張ります!
って今日ももう終わりですが…
とりあえず、明日寝坊しないように、今日はもう寝ます!

よ~し 頑張るぞ047.gif
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by JASSmin-hako | 2011-04-15 23:47 | 日記

デジカメ復活と木場潟

今日、やっとデジカメが復活しました!
1ヶ月弱、修理に出ていたので、久しぶりの再会に嬉しくなって、カメラ屋さんに迎えに行ったついでに、木場潟に一緒にふらりと寄り道。

木場潟も桜が満開。車も結構とまっていて、お散歩を楽しむ人や、ランニングをする人の姿が。
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今日は夕方だったためと、少し霞がかっていたので、よく見えませんが、天気がいいと、白山連峰がよく見えます。
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木場潟は加賀三湖と呼ばれる潟の一つ。
加賀三湖とは木場潟、柴山潟、今江潟の三つの潟のことで、柴山潟と木場潟はそれぞれ小さな河川で今江潟につながっていて、今江潟だけが梯川(かけはしがわ)を通じて日本海と通じていました。
また、木場潟と柴山潟の間に挟まれるようにある月津台地という台地があります。
でも今江潟は埋め立てられてもうありません。柴山潟も3分の2が埋め立てられました。

木場潟の周辺にはたくさんの遺跡があります。
縄文時代前期は木場潟はまだ入江の状態だったようで、貝塚を伴う遺跡が見られます。大谷山貝塚とか。
中期になると念仏林遺跡などの集落遺跡が月津台地に営まれるようになります。

そのあとちょっと遺跡が減って、また弥生時代末から古墳時代になると、遺跡が増加。
月津台地にはたくさんの古墳が造られました。
木場潟に近いところに造られた古墳をあげると、
御幸塚古墳は全長約30mの前方後円墳。径10mの円墳の土百古墳や同じく円墳の狐山古墳。
矢崎B古墳は切石積横穴式石室を持っています。
でも、構成の開発で墳丘が消滅しているものが多いみたい。
この4基は月津台地の多くの古墳の中のほんの一部。
ほかにも矢田野エジリ古墳とか、月津台地には古墳がたくさんあります。

月津台地ではその後、南加賀古窯跡群とも呼ばれる窯が多く営まれたり、遺跡がたくさん。


超、勉強不足のため、全く紹介出来ませんでしたが、デジカメという小さな相棒も復活したので、大きな相棒ジムニーちゃんに乗って、行ってみたいです。
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by JASSmin-hako | 2011-04-13 22:11 | 小松のお話

トレンチ

最近、福島の原発のニュースで、「トレンチ」って言葉をよく聞きますね。
原発におけるトレンチは、原子炉を冷やすための海水を通すための横穴、トンネルのようなものみたいですね。

でも、考古学に関わったことのある人は、トレンチって聞くと、どうしても発掘調査を連想してしまうのでは…
私だけ?

考古学におけるトレンチと言えば、一定の幅、長さの溝状の発掘区。
試掘調査とかでよく使われていますね。古墳の範囲確認とかにも。
トレンチの壁を土の違いによって層を分けて、土がどんなふうに堆積したのか、盛られたのかわかるようにそれをセクション図におこして…

トレンチって聞くと、どうしてもこんなイメージ。


そもそもトレンチとは、「塹壕」って意味らしいですね。
軍事用で、砲弾や銃撃から兵士が身を守るために掘られた溝のことらしいです。
南北戦争から使われているんだとか。
で、その塹壕つまりトレンチの中で着ていたコートが、トレンチコート、なんですね。


「トレンチ」という単語を聞くだけで、連想するものは、原発だったり、発掘調査だったり、塹壕だったり、コートだったり。
人それぞれですね。
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by JASSmin-hako | 2011-04-12 20:36 | 日記

一か月

東日本大震災から今日で一カ月。

石川では先週開花した桜がもう満開。
でも日中は冷たい雨が降り注ぐ、花冷えの天気になりました。
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CG映像のような津波のニュースを見てから、もう一か月もたってしまいました。
幸い、北陸は津波の被害も地震の被害もほとんどない日々を送ることが出来ています。
でも、ニュースを見るたび、心が痛みます。
被災者の皆さんを思うと、お花見も、そのほかのイベントも“自粛”が必要だと感じてしまいます。

でも、全部を“自粛”してしまって、日本が元気をなくしてしまったら、元気を分けてほしい被災地に元気が届かないような気がしてしまいます。
元気な人が、元気でいられるくらいの“自粛”。
どう表現したらいいのかわからないけれど、元気な人は、元気でいなくてはいけないと思います。

桜前線も、北上しています。
被災地の皆さんが、花を愛でるくらいの心のゆとりが出来るよう、小さくても出来ることをしていきたいと思います。
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by JASSmin-hako | 2011-04-11 22:14 | 日記

日常のちょっとしたことを書き綴る日記 手作りのこと、ペットのこと、考古学のこと、などなど…


by JASSみん